一人一票実現のためのインタビュー企画 第1回 鈴木富七郎弁護士

第1回 鈴木 富七郎 弁護士
(イントロダクション)- インタビュー企画について

この企画のスタートのきっかけは、今年の1月12日付法律新聞(法律新聞社)に掲載された「新たなる年に向けて」という弁護士の鈴木富七郎先生の論文です。同論文で、鈴木先生は、「憲法は、国民主権と平和主義を基本原則として、すべての統治行為は法の支配の原則で行使すると規定してい(る)」と述べられ、さらに『正当な選挙で選ばれた代議士が、国民の多数の意思に基づき立法することが、法の支配である』旨述べられています。
私どもの1人1票実現運動は、まさに、「国民の多数決」、「法の支配」が機能する国民主権国家を実現することを目的とするものであり、鈴木先生の論文に我が意を得た思いでした。
そして、鈴木先生の論文から一週間も経たないうちに、今度は、Attorney’s Magazine (C&Rリーガル・エージェンシー社)2018.1月号で、参院選の選挙裁判で初の高裁違憲判決を言渡した井戸謙一弁護士(元裁判官)のインタビュー記事を見つけました。
鈴木先生にも、井戸先生にも、直接会ってお話を伺いたい。スタッフのボルテージが一気に上がり、本企画がスタートしました。
インタビューを通じて様々な方のご意見を紹介することにより、1人1票実現の重要性についての理解が深まり、その結果、1人1票実現の原動力となることを期待しています。

 最初にご登場いただくのは、弁護士鈴木富七郎先生です。

弁護士鈴木富七郎先生:昭和36(1961)年に弁護士登録し、真野毅元最高裁判事注1の事務所に入所。昭和58年に事務所を引き継ぎ、鈴木法律事務所に改名。現在に至る。

注1 弁護士真野毅先生:東大を首席で卒業し、銀時計を授与される。最高裁判事任期中(昭和22~33年)は少数意見を多く書いた。尊属殺事件では、昭和25年大法廷判決で違憲の少数意見を述べた。33年後の昭和48年大法廷判決では、違憲は多数意見となった。
- 本日はお忙しいところインタビューに応じていただき、誠に有難うございます。「新たなる年に向けて」(法律新聞2018.1.12号)に感銘を受け、直接お話を伺いたく参りました。

鈴木先生:簡単に自己紹介いたしますと、私は、司法研修所を、昭和36年3月に終了し、4月に真野毅法律事務所に入り、弁護士の修業をしました。真野先生は、昭和22年、弁護士から最高裁判事に就任された最初の方でした。私は、真野先生から約20年間直接薫陶を受けました。恩師であるの真野先生は、<法は経験である>という信念により、歴史的成果である「憲法」に基づき、国家権力三権が運用されるべきであるとの法律論を、生涯判決、新聞、雑誌で、展開されました。真野事務所は、旧丸ビルの5階にありました。そこには、「丸ノ内倶楽部」というクラブがあり、先生も会員でした。その倶楽部には丸ノ内の法曹人も大勢参加されていました。先生のおかげで、それらの法曹や事業家の方と私も知遇を得る機会がありました。

これまで係わったなかで一番思い出深い事件といえば、浅間神社の対象地に関する国有存置の事由の有無が問題となった富士山事件と仙台の寺院墓地の存置に関する仙台墓地事件です。富士山事件は最高裁まで行って、これは国有境内地として国家が保留することは憲法の祭政分離の原則に反するから神社に譲与しなさいという最終決定になりました(昭49)。仙台事件は和解で解決しました。
政治的な色彩を含む事件に取り組みましたから、国の権利とは何だということについて相当程度にいろいろな角度から勉強をせざるを得ませんでした。

昨年来、憲法改正の議論が一段と活発化されています。そんな中、歴史的な流れとして、一体、国家という法人の実体とはいかなるものかという課題について、私も、考え直し、あの「新たなる年に向けて」を発表しました。

- 先生は論文で、「国会が、多数決原理の基礎にある国民の過半数の意思を以て立法するための選挙法の欠陥を更正する責務を怠ってい(る)」と指摘されています。

鈴木先生:いろいろな意見はありますけれども、主として1対1であるべきものを、(投票価値の不平等が)2倍、3倍もの格差を決めている選挙法を、「法律として正当」であるとする忖度判断に、私は、賛成することが出来ません。私は、公権である参政権行使条件を決めている現行法の「選挙権」についての1.2倍以上もある格差は、憲法14条の法の下の平等1:1の規定に反するものであるとの意見を持っています。

「芦部教授の2倍未満説」

- 投票価値の平等の問題では、芦部教授の2倍未満説があります。芦部教授は鈴木先生よりも大分後輩にあたりますが。

鈴木先生:僕らの学生時代は、宮澤俊義教授です。新憲法は、帝国議会で、大日本帝国憲法の改正手続きで成立しましたが、それは、実質は革命的な法改革(維新)であるとされていました。

- 芦部教授の2倍未満説というものが出てきた時、どのように感じられましたか。

鈴木先生:これは当時の政治情勢についての一種の妥当性の妥協案としての提案で、自衛権と戦闘廃止の矛盾の弁証法であると思います。法原則は、常に例外がある相対的な「原則」で、法には、完全無欠性は常にあるものではありません。法には絶対はありません。

- あの当時の妥協案としての最善案というご理解ですね。私どもも、今現在(2018年に)、芦部先生がご存命だったら、原則は、「2倍未満」ではなく「1人1票」とおっしゃるだろうなと話しているのですが。

鈴木先生:芦部教授が「2倍説」を唱えられたのは、『5倍、6倍でも法律で決めたことは違憲にはならない』という当時の一般的な意見に対する反論として、2倍以上は「平等性」を害するという意見であったように、今は思っています。
しかし、「2倍まで」という論は、「原理・原則」ではありません。原理は「憲法14条の平等」の解釈評価の問題ですから。
戦後の復興が進み、法整備が進んで、具体的に憲法改正が世論として多数を占める社会情勢が明白になれば、「2倍でも違憲ではない。」という判断はもはや維持できない意見であり、 TPO により採用できないことだと思っています。
あくまでも推察ですが、芦部教授に対し、今の時点で「意見」を求めれば、「選挙法」を「1人1票」に近づけること、その範囲は、「1:1.05」(すなわち 5%の余裕を限度として)で、一対一の対応を判定するのが正当である、とされると思います。それ故、現在の選挙法の「格差」は「違憲」状態にある、とされると思います。

- 私どもも同様に考えています。しかし、現在においても、なお、50年前の芦部・2倍説に疑問を感じない方々が意外と少なくない印象があります。なぜなのでしょうか?

鈴木先生:それはやはり一旦そういうように頭に入ってしまうと、人間というものは。

- 固いですか?

鈴木先生:固くなってしまうのですよ。それが問題なんです。

「国民の多数決論」

- 先生が論文で述べられている国民の多数決論は、民主主義の本道だと思うのですが、これまでに90以上の高裁判決が言い渡された中で、国民の多数決論に言及したのは、片野悟好裁判長(広島高裁岡山支部)の判決のみです。鈴木先生のお話を伺っておりますと、法律家にとって、国民主権での統治のルールは、当然国民の多数決ルールに基づくものとなると思うのですが、なぜ、他の判決で「国民の多数決論」の言及がないと思われますか?

鈴木先生:それはやはり、民主主義とはどうあるべきか、ということに対する哲学の差なのでしょうか。

- 裁判所のみならず、国民の間でも、その考え(国民の多数決論)が根付いていないという印象があります。それはなぜだと思われますか?
鈴木先生:それは難しい問題ですけれども、やはり伝統的に、支配権が国家を構成する中心だという考え方が強いからなのでしょう。個人の自由があっても、明治憲法は極端で、法律が与えた権利だけを認めるといったような具合ですから。

- 明治憲法では国民は主権者ではなく臣民でした。

鈴木先生:そうです。臣民です。だからごたごた言っても駄目ですよと。国家の主権者天皇が法で認める範囲の権利を臣民は許容される。国家権力こそが中心ですよという考えです。国家権力こそが中心ですよという考えですね。その国家権力を破ろうとしたのが1776年のアメリカ独立宣言 - ”government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.” 「人民の人民による人民のための政治は、人間社会からなくならない普遍原理だ」- という、あの演説。これがやはり基本だと思うのです。これをどこまで理解しているかということではないでしょうか。

「法の支配」は何のためにあるのか

- 国民の多数決論や1人1票の原則を明言する判決を得るためのアドバイスがあればお聞かせ願いたいのですが。

鈴木先生:今日、お目に掛かったらこれをお渡ししようと思っていました。最高裁判所は、昭和22 年5 月3 日の憲法施行と同時に発足しました。発足時、三淵忠彦・初代最高裁長官は、就任に当たっての国民への挨拶として、次の通り述べています。

「裁判所は、国民の権利を擁護し、防衛し、正義と公平とを実現するところである。」、「ことに、これからの最高裁は、従来の事件を扱うほか、国会、政府の法律、命令、処分が、憲法に違反した場合には、断固としてその憲法違反であることを宣言して、処置をなさねばならぬ。」と。

私は、これは長官個人の意見ではなく、最高裁裁判官全員の意見を初代長官が国民に表明されておられる歴史的な「事実」であり、現在の最高裁判所の司法権の理念であると信じます。最も議論されて考えられた国民への挨拶状ですからね。日本の出発点です。これを皆さんが有効に活用していただくことが大事なように思います。
最高裁発足の昭和22年当時、わが国は、ポツダム宣言によるGHQの占領支配下にありました。わが国が占領から主権を回復し、国際社会に復帰するのは、サンフランシスコ条約が成立した昭和27年4月27日を待つことになりました。その間、わが国の国家体制は、大きな変革を遂げました。一言で表しますと 「法治国家」から「法の支配の国家」に変身したことです。
昨年、最高裁判所の寺田長官(当時)は、憲法によって発足した裁判所満70年の記念の年の憲法記念日(5月3日)の談話として、次のような要旨を公表しました。

「日本国憲法の基本理念である『法の支配』の実現が、国際的課題であります。」
「憲法記念日を迎えるに当り、『法の支配』の理念の重要性と裁判所に期待される役割の重さを改めて自覚し、裁判所の信頼に応え続ける為の力を尽す所存です。」と。

これは、70年前の前述の三淵初代長官の見解の再確認であり、わが国の司法権の伝統の信念だと、私も信じたいのであり、今後の司法権に必ず反映されるべきものと思います。それ故、現行公職選挙法等の格差解消について国会がその責務を怠っていることを指摘しました。

- 現職の裁判官で、1人1票の原則を明言されているのは、鬼丸かおる裁判官(違憲違法)と山本庸幸裁判官(違憲無効)です。

鈴木先生:最高裁判所の「少数意見」が「多数意見」に変わるまでには時間がかかることもあります。しかし、「一人一票実現国民会議」さんの運動は、歴史的な運動で、たとえ超えるべき障害が続いたとしても、是非たゆまずにお続けくださいますようお願いいたします。
人民というものは間違うということもあり得ます。そこが問題です。多数決で決まったことは絶対かといったら多数決の絶対性はない。だから少数意見を採り上げて、次のステップで改定していくという努力を続けていくしかないのです。間違いを間違いと判断して改定していく、という行動しか民主主義を維持する手段はありません。しっかり議論して、ちゃんと多数の意見がとおるような国会に作り替えないと。だからこういう訴訟は非常に大事だし、皆さんの運動は非常に歴史的な意味がある運動だと思います。

「漁夫生涯竹一竿」「法曹生涯誠一貫」

後ろの額装に「漁夫生涯竹一竿(ぎょふしょうがいちくいっかん)法曹生涯誠一貫」とあります。漁夫は竹竿が命。法曹は誠を通すことが命であると。私どもは、真野先生にそういうふうに教育を受けました。だから僕はここにいるんです。

- とても感動的なお言葉です。

鈴木先生:「法の下の平等」はわが国の「憲法」の基本規定であり、「代議員制度」の基本要件です。「国民の知恵」を信じて、一人一票運動に邁進下さいますように、改めて御願い致します。

- 鈴木先生、力強いエールを有難うございました。今後ともよろしくお願いいたします。

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